温・冷・湿・乾 1

 

中世ヨーロッパの食文化に、食物はそれぞれ「温・冷・湿・乾」の要素を持っているという考え方がありました。健康的で体に良い食事とは、これらの要素が上手く合わさり、互いに補いながらバランスをとるような食事と言われていたのです。

例えば、“冷”と“湿”の特性をもつとされる魚に適した調理法は、オーブンで焼いたり油で揚げたりする“温”と“乾”の方法を取り、さらに“温”と“乾”の特性をもつハーブが添えられました。“温”と“乾”の牛肉は煮込むのが良く、“冷”と“湿”の豚肉はローストするのが良いとされていました。

この食餌療法の根拠は、古代ローマ時代にまでさかのぼります。健康とは体液の“温・冷・湿・乾”のバランスをとることにある、という古代ローマ時代の考え方を発展させたものなのです。現代人の感覚からすれば非科学的な印象を受けます。しかし、冬には鍋やシチュー、夏には冷麺やざるそばを好んで食べるように、人間にとって“温・冷・湿・乾”のバランスというのは、本能的なもののように思います。気候にも言えることです。寒くなれば暖かくし、乾燥していれば湿度を高くしようとすることは、とても自然で当たり前な行為です。

しかしその意義は、当時ほどよく吟味されていないように感じられます。古代ローマ人や中世ヨーロッパ人が温度と湿度を“健康”へと直接的に結びつけていたのに対し、現代でその関連性は軽視されがちなのではないでしょうか。昼夜の温度差や季節の変わり目で“体のバランスを崩す”ことには敏感ですが、反対に、健康のために温度と湿度を調節して“体のバランスをとる”ことには十分な関心が集まっていないように思います。しかしいきいきと健康的に活動するために温度と湿度の快適さが基本中の基本であることは、誰しもわかっていることです。わたしたちは“温・冷・湿・乾”の生み出す価値に、もう一度本能的に目を向けるべきなのではないでしょうか。

PS dialogue 2013.11

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