室内気候とテロワール

 

 

「室内気候」って何でしょう。
外の気候と対比させた概念としての、室内の気候のこと?
確かに、字面通りの意味だけを見ると、それ以上でもそれ以下でもないのですが、実は、室内気候の定義をひとことで言うのはなかなか難しいのです。

たとえば、ワインを味わうとき、そして何ともいえない味覚を得るとき、それを作り出したものは何でしょうか。
ワインの原材料となるブドウが栽培された土地の土壌、その土地の陽のあたり、雨や風の量、気温の高さ、湿度の高さ、それらの変化の激しさ、それからブドウの品種や栽培方法、作り手..。
ワインそれぞれの味を決める要素は、挙げたらきりがないほどですが、このようなワインが生まれてくる環境全体を指して、フランス語では「テロワール」というそうです。
テロワールが違うから、同じフランスワインでも産地や農家によって、生まれてくるワインの味が異なるというわけです。
ワインを味わうというのは、テロワールを味わうことでもあります。
ワイン作りにとって理想的な環境というのはあるでしょうけど、どのテロワールが一番かという話ではないと思います。
ワインを選ぶときが、まさにそうですね。
どのワインが一番おいしいか、というより、どのワインが一番この食事の質を高めるか。
魚をおいしく食べたいのか、それとも肉なのか、チーズなのか。
テロワールを科学的な分析によって解釈しようという研究も多数あるようですが、数値では表しきれないものだと思います。
むしろ、曖昧なままにしておきたい。
そして、絵画や詩や音楽を感受するように、自由な味覚でワインを味わって、その内側にあるテロワールと作り手の思想へ思いを巡らせたい。そう思います。

室内気候も、テロワールのようなものだと思います。
おいしさではなく、快適さという尺度で見ると、その空間に快適さを作り出している要素はさまざまです。
その土地の気候風土、外と中の温度と湿度、陽のあたり、天候、一日の変化、空気の質、空気の流れ、それから空間の広さや高さ、開放性、植物の有無、音、匂い、色、服装...。さまざまな要素が互いに絡み合って、調和して、唯一無二の室内気候が生まれます。
最も快適な室内気候は?なんて考えてはいけません。
ワインと一緒で、どんな室内気候が快適か、ではなくて、どんな室内気候がこの空間での活動の質を高めるのか。
そこで気持ちよく運動をする、集中して仕事や勉強をする、子どものようにぐっすりと眠る、そんなひとつひとつの質の高い活動に、それぞれの室内気候があります。

「クリマデザイン」とはそのようなものなのです。
室内気候をデザインすることを意味するクリマデザイン。
それは、地域の気候やその空間を構成するテロワール的な多彩で偶然的な要素と、それを知的に調和させるクリマデザイナーの成せる技。
それが科学的に言い表せないものでも、いいのです。
クリマデザインも、ワインのように数値で表せない曖昧性があるからこそ、偶然性の産物も、作り手による成果もいっしょに成り立たせるのだと思います。

 

PS dialogue 2016.6(改訂)

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