室内気候の教科書

 

飲食店の内装設計には、人間の動きを考慮した寸法の基準があるのだとか。
たとえば人が一人通るには少なくとも60cm必要で、
物を持って通るには72cm、
テーブルは少なくても60×75cm以上、等々。

でも、それを満たしていなければ良い店ではないかというと、
必ずしもそういうわけではありませんよね。
たとえば、一度座ったら出られないような狭い店、
カウンターと後ろの壁の間の狭い空間で酒を愉しむような立ち飲みバー、
ビール瓶の箱に座って新鮮な魚介類を味わう漁港のそばの仮設の小屋などで、ひじとひじがぶつかりあい、小さなコミュニケーションをとりながら縮こまって食べたり飲んだりするのもまた食の快楽の一種かもしれませんし、
そこから大きな満足度が得られることも大いにありえます。
基準を満たして良い店も、基準を満たさず良い店も、どちらもあっていいのです。
要はそこに訪れる人の食のライフスタイルやそのときの目的に合っているかということです。
ですから、教科書を見て「ふむふむ、この寸法で作れば正解だな」ということはありえませんよね。

室内気候もそうですね。
「レストランの快適な温度はおおよそ~℃、湿度は~%。オフィスは・・・」
という物理的な数値をきちんと学んで基準を満たして実現しても、
それがその空間にとって正解とは限りません。
むしろ無機質で、柔軟性がなく、「教科書どおりでつまらない」室内気候空間になってしまうかもしれません。
つまらないだけならまだしも、快適さが損なわれる可能性だってあります。
その空間でどんな活動をしたい/してほしいのか、どんな室内気候がそれを実現するのかというビジョンを、一般論や普遍的な法則から演繹的に導くのではなく、
個人的な経験や夢や希望から、五感を通して描くことが大切です。

良い空間というのは、そんなビジョンが詰まっている空間ではないでしょうか。

 

PS dialogue 2016.5

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