私の好きな書斎―ジャン・コクトーの家より|前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フランスの家」という雑誌があります。フランスにおける様々な家の形、ライフスタイル、ひいては家族の有り方にまで視点を巡らせる、多彩な記事を毎号多く取り上げている冊子の一つですが、2010年7・8月号に、非常に興味深いものが載っていました。『コクトーの家』と題されたそれは、見開き2ページで写真をふんだんに使った、記事全体としてはごく短いものです。しかし、その記事を通して、一人の芸術家が形作った世界が、ぎゅっと濃縮されて存在しているように感じました。内容は、フランスの芸術家、ジャン・コクトーの家を、彼が住んでいた時のまま保存し、アーティストたちの作品展を開くと同時に、広く一般公開されているというものです。小説での文章表現においても、絵や映画といった作品においても、独特の香りを放っていたコクトーの家には、まさに彼独自の個性があり、そのまま彼の作品の中に迷い込んだような錯覚にとらわれます。

ジャン・コクトーは1889年生まれ、ピカソやサティ、ココ・シャネルなどのアーティストたちとも親交のあった前衛芸術家で、1963年に亡くなるまで、デッサン、絵画、小説、詩、脚本、映画制作など、様々な芸術活動を行いました。日本においては「美女と野獣」の映画が特に有名なのではないでしょうか。

その彼の家が、生前の状態を保ってフランス北のミリー・ラ・フォレに残されており、私たちは彼の生活していた空間そのものを、現代においても垣間見ることができるのです。

実はコクトーが亡くなってから、その膨大な美術品等を守ろうと、友人たちが幾つかの部屋を完全に塞いだらしいのですが、湿気や雨漏りによって劣化が進んだため、ついに「ジャン・コクトーの家」として復元、修復される計画に至ったそうです。ある人物の家をそのまま遺産として残すということは、彼の生き方をも後世に残すことに繋がると思います。

部屋の中は、ロマンティックで不思議な空気に満ちみちています。「美女と野獣」の映画を彷彿とさせる、13世紀頃の城が、実際に家の正面にあり、それを眺めるために彼はわざわざ、天蓋ベッドを寝室に対角線に置いていました。

友人である俳優、ジャン・マレが描いた独特のフレスコ画、庭に置かれた像、居間はコクトー自身によって『濃密で様々なものが混じりあう』インテリアで飾られ、書斎の壁紙は豹柄、そこに、ピカソやジャン・マレの写真が沢山貼られているかと思えば、机には、本や宝石やデッサンが所狭しと並んでいる……家全体を通して、コクトーの個性がふんだんに発揮されています。ここは彼自身が隠れ家として好み、パリの喧騒を離れて犬や猫たちと静かに庭を散策したり、読書やデッサンにいそしんだ場所でもあるようです。

この家の中で私が特に惹かれたのは、他でもない、彼の書斎です。気に入りの本や写真を置き、自由に心を遊ばせることのできる空間、自分だけの世界を、小さな机の周りにとどめておくことのできる空間です。そして、その机から、さらに広く作品を紡ぎ出していくことのできる、無限の可能性を持ったコックピットです。
 
*是非「La Maison de Cocteau」と画像検索してみてください。コクトーの家の画像がご覧になれます。

 

PS dialogue 2015.03
茂木 彩

>> 「私の好きな書斎ージャン・コクトーの部屋から|後編」へ続く

 

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